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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)405号 判決 1986年5月27日

原告

甲山花子

原告

甲之川月子

右二名訴訟代理人弁護士

大澤孝征

福嶋弘榮

大澤孝征訴訟復代理人弁護士

近藤文子

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

杉山正己

外四名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告は、原告らそれぞれに対し、八一二万二二〇八円及びこれらに対する昭和五五年四月二二日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五四年一二月二一日午後八時三〇分ころ

(二) 場所 埼玉県春日部市大字樋篭四二八番地先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 不明

(四) 被害者 訴外甲山太郎(以下「亡太郎」という。)

(五) 事故の態様 亡太郎は、本件事故現場を自転車をひいて歩行中、加害車に衝突されて死亡した。

2  責任原因

本件事故は、加害車が逃走し、その保有者が明らかでないため、被害者において自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の規定による損害賠償の請求ができないときにあたる。したがつて、被告は、同法七二条及び同法施行令二〇条により、政府の自動車損害賠償保障事業(以下「保障事業」という。)による二〇〇〇万円を限度とする損害てん補金(以下「保障金」という。)を支払うべき債務を負う。

3  損害

亡太郎及び原告らは以下のとおりの損害を被つた。

(一) 亡太郎の逸失利益 一一九九万〇一六〇円

亡太郎は、死亡当時満六二歳であつたから、同人の就労可能年数は平均余命の二分の一とするのが相当である。厚生省発表の昭和五三年の簡易生命表によれば、男子六二歳の平均余命は一六・六一年であるから、同人の就労可能年数は八年となる。右八年に対応する新ホフマン係数は六・五八八である。亡太郎の死亡前一年間の収入は二八〇万円であり、亡太郎の生活費控除率は三五パーセントとするのが相当であるから、亡太郎の逸失利益は、前記収入から生活費を控除し、右係数を乗じた右記金額となる。

(二) 亡太郎の慰藉料 一二〇〇万円

亡太郎の死亡に対する精神的苦痛を慰藉するためには右記金額が相当である。

以上合計 二三九九万〇一六〇円

(三) 相続

亡太郎が加害者に対し右の損害賠償請求権を有するところ、原告らは、いずれも亡太郎の妹で相続人であつて、同人から右損害賠償請求権を二分の一(一一九九万五〇八〇円)ずつ相続した。

(四) 文書料 一三〇〇円

原告らは、政府保障事業に請求するために交通事故証明書等の文書を取り寄せ、右記金額を支出した。

(五) 原告ら固有の慰藉料 各二〇〇万円

亡太郎の死亡によつて原告らが受けた精神的苦痛を慰藉するためには右記金額(あわせて四〇〇万円)が相当である。

(六) 葬儀費

葬儀費のうち健保から埋葬料として給付のあつた二〇万円を控除した残額二九万一〇〇〇円は原告らが二分の一ずつ事実上の支払い者に対して償還すべき債務を負担している。

合計 一四一四万一二三〇円

以上のとおり、原告らは、本件事故の加害者に対し、各一四一四万一二三〇円の損害賠償請求権を有する。

4  損害のてん補

原告らは、被告から、自賠法七二条の保障金として、あわせて三七五万五五八三円の支払いを受け、各人が等分して(各一八七万七七九一・五円)の自己の債権に充当したのみである。したがつて、被告に対し、なお一五二四万四四一七円(各八一二万二二〇八円(円未満切捨て))のてん補を求めることができる。

5  支払いの催告

原告らは、被告に対し、昭和五五年四月二二日、損害のてん補を請求した。

よつて、原告らは、被告に対し、各自保障金残金各八一二万二二〇八円及びこれらに対する原告らが被告に対し、損害のてん補を請求した日である昭和五五年四月二二日から支払いずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の各事実は認める。

2  同3(損害)の事実中、(一)のうち、亡太郎が死亡当時満六二歳であつたこと、死亡前一年間の収入は二八〇万円であつたこと、生活費控除率は三五パーセントとするのが相当であること(ただし、被扶養者である内縁の配偶者Aがいるため控除率を低くしたものであり、被扶養者がいない場合には、五〇パーセントが相当である。)は認め、その余は争う。(三)のうち、原告らがいずれも亡太郎の妹で相続人であることは認めるが、その余は争う。亡太郎本人の慰藉料請求権の相続性については、むしろこれを否定し、真に慰藉されるべき遺族に固有の慰藉料請求権を認めることが、実質的に妥当であり、学説の支持を受け、かつ、裁判例も枚挙にいとまがなく、むしろ支配的であると思料されるが、仮に、右の相続性を肯定するとしても、政府の保障事業が最低保障すなわち他の手段によつては救済を受けることができない交通事故の被害者に対し最小限度の救済を与える趣旨のものであること並びに亡太郎の年齢、生活状況、原告らとの関係及び真に慰藉されるべき内縁の配偶者Aが取得すべき慰藉料額等諸般の事情を考慮すれば、原告らが相続により取得しうる慰藉料は、後記のように、被告が原告らの慰藉料として決定したてん補金額(六六万六六六七円)を超えるものではない。(四)は認める。(五)は争う。原告らは、いずれも亡太郎の妹であり、それぞれ独立して生計を営み、亡太郎の扶養、援助を受けていないことはもちろん、将来にわたつてもその可能性はなかつたものであり、亡太郎とAが内縁関係にあつたことを知らなかつたもので、兄妹付き合いもほとんどなく疎遠であつたものである。そうすると、原告らには民法七一一条所定の者と実質的に同視すべき事情が存しないから、近親者固有の慰藉料を認める余地はない。(六)は争う。亡太郎の葬儀は、内縁の配偶者Aが喪主となつて家主のOの援助のもとに執り行つたものであり、これに要した費用四九万二一〇〇円については、Aにおいて支出し、かつ、健康保険から給付のあつた埋葬料二〇万円を控除した残額二九万二一〇〇円がAに対して本件損害のてん補金額として支給されている。

3  同4(損害のてん補)の事実中、被告が原告らに対し、自賠法七二条の保障金として、三七五万五五八三円(各一八七万七七九一・五円)の支払いをしたことは認めるが、その余は争う。

4  同5(支払いの催告)の事実は認める。ただし、遅延損害金の発生は争う。自賠法七二条に基づくてん補請求権は、私法上の損害賠償請求権とはその性質を異にし、同法条によつて新たに創設された保障請求権であつて、公法上の権利であり、しかも、同法及び関係法令中にてん補金の支払い期日及び遅延損害金に関する規定は存しないから、同法条によるてん補金について当然に民法所定の遅延損害金を請求することはできないものである。

三  抗弁及び被告の主張

(抗弁)

1 過失相殺

本件事故は、亡太郎が飲酒のうえ、夜間、歩車道の区別のない幅員七・五メートルから五・六メートルの県道のほぼ中央付近を自転車を押しながら歩いていたときに対面から進行してきた加害車に衝突されたものであつて、亡太郎にも過失があつたものであり、亡太郎の過失割合は一〇パーセントを下回ることはない。

政府保障事業は、後記のように、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の給付対象とならない場合の被害者救済の制度であつて、政府による損害てん補は加害者に代わる立替払いであり、被害者が加害者に対して有する権利の範囲で代位できる(自賠法七六条)ものであること、また、被害者に対し同人が実際に被つたと評価される損害額以上をてん補する必要がないことはいうまでもないことからてん補額の決定に際しては、被害者の過失をその程度に応じ適正に斟酌し、過失相殺を適用しているものである。

そして、被害者に過失がある場合の減額は、事案に即した適正妥当なてん補額を決定するうえでの裁量に基づく取扱いであるところ、後述のとおり、てん補額算定の基準は、合理性を確保するため裁判例等を勘案して定めたものであり、被害者の過失についても、裁判所において斟酌されるであろうことの要素、程度を勘案して適切な減額をしたうえてん補額を決定することがむしろ政府保障事業の目的にそうものと考えられるし、保障事業は、他の法令による給付及び賠償責任者の支払いによつてもなお損害が残る場合の最終的な保障制度であること、また、加害者に対する求償を予定するものであることからしても、被害者が実際に被つたと評価される損害額をてん補すべきであり、保障事業において被害者の過失に応じた減額を行わないならば、賠償資力のある加害者から賠償を受けた被害者(この場合は被害者の過失が考慮されるであろう。)との間に、著しく均衡を失することになるからである。

2 他の損害賠償請求権者の存在(亡太郎の内縁の配偶者Aの存在)

(一) 亡太郎には妻子がなく、Aは、Kと婚姻の届出をして長男をもうけたが、昭和三六年四月一九日夫Kの死亡により婚姻関係は終了した。そして、亡太郎とAは、昭和三六年一一月ころ、Y、Sの媒酌により、Aの家主であるO宅において結婚式を挙げ、両名は、Aの借家に同居し、生活を営んでいたものである。すなわち、亡太郎が本件事故により死亡するまでの約一八年間、同人らは、世間的にも事実上の婚姻関係にあつたもので、その関係は、いわゆる重婚関係とは異なり、不倫な色合いはなかつた。また、Aは、亡太郎の治療費及び葬儀に要した費用を負担しており、厚生年金についても亡太郎の遺族として年金の給付を受けている。

更に、Aが、亡太郎の死亡により被つた精神上の苦痛について、法律上の配偶者に準じ、同人固有の慰藉料請求権を有していたことは明らかであり、亡太郎は、生前株式会社〇〇建設に作業員として勤務し、年額二八〇万円の収入があり、Aら夫婦の生計は専ら亡太郎の収入によつて維持されていたもので、Aが、亡太郎の死亡によつて加害者に対して扶養請求権の侵害による損害賠償請求権を有していたことは明らかである。そして政府の自動車損害賠償保障事業では、内縁の妻の扶養権の侵害による損害については、被害者の逸失利益のうち民法九〇〇条の配偶者の相続分に相当する額を擬制して認定する取り扱いになつている。

(二) 被告が決定した損害額の内訳は次のとおりである。

(1) 慰藉料 六〇〇万円

本人分 二〇〇万円

遺族分 四〇〇万円

(2) 逸失利益一〇五一万四四四七円

(3) 葬祭料 四九万二一〇〇円

(4) 治療費 一二万一六七〇円

(5) 文書料 九六〇〇円

(6) 雑費 二五〇〇円

合計 一七一四万〇三一七円

右合計額に後記のように過失相殺し、更に、健康保険法により給付を受けた三一万一五二〇円を控除した一五一一万四八九七円を亡太郎の損害のてん補額と決定した(後記のように過失相殺を行つたため、単に過失相殺したものと若干金額が異なる。)。

(三) 原告らに対する損害てん補額三七五万五五八三円の内訳

(1) 死亡に至るまでの傷害による損害金

文書料 一二〇〇円

交通事故証明書料等一三〇〇円の一〇パーセントに相当する一〇〇円(一〇〇円未満四捨五入)を過失相殺した一二〇〇円

(2) 死亡による損害金 三七五万四三八三円

ア 逸失利益 三五〇万四八一六円

本件事故当時の亡太郎は満六二歳の男子であり、過去一年間の給与は二八〇万円で、生活費控除三五パーセント、年齢に対応する新ホフマン係数五・八七四から算出した一〇六九万〇六八〇円から既払いの厚生遺族年金一七万二三三円を控除した一〇五一万四四四七円の三分の一(原告らの相続分)

イ 慰藉料 六六万六六六七円

亡太郎本人の慰藉料二〇〇万円の三分の一(原告らの相続分)。

右ア、イの合計四一七万一四八三円の一〇パーセントに相当する四一万七一〇〇円(一〇〇円未満四捨五入)を過失相殺し、三七五万四三八三円を亡太郎の死亡による原告らの損害額と認めた。

よつて、原告らに対する損害てん補額は(一)(二)の合計額である三七五万五五八三円である。

(四) Aに対する損害てん補額一一三五万九三一四円の内訳

(1) 死亡に至るまでの傷害による損害金 七七五〇円

ア 治療費 一万〇一五〇円

××病院における治療費一一万二五二〇円から健康保険給付額一一万一五二〇円を控除した一〇〇〇円(初診料及び入院一部負担金)並びにAが支払つた室料差額六〇〇〇円、死体処置料三〇〇〇円及び健康保険対象外治療材料一五〇円の合計。

イ 文書料 八三〇〇円

診断書料五〇〇〇円、診断報酬明細料二〇〇〇円及び交通事故証明書料一三〇〇円の合計

ウ 雑費 二五〇〇円

入院時に要した光熱費四〇〇円及び寝間衣二一〇〇円の合計。

右ア、イ、ウの合計二万〇九五〇円に健康保険から給付を受けた額を加えた一三万二四七〇円の一〇パーセントに相当する一万三二〇〇円(一〇〇円未満四捨五入)を過失相殺した七七五〇円

(2) 死亡による損害金 一一三五万一五六四円

ア 葬儀費 二九万二一〇〇円

亡太郎の葬儀に要した費用四九万二一〇〇円のうち、健康保険から給付のあつた埋葬料二〇万円を控除した額。

イ 逸失利益 七〇〇万九六三一円

前記により算出した一〇五一万四四四七円の三分の二(Aの擬制相続分)。

ウ 慰藉料 五三三万三三三三円

亡本人の慰藉料二〇〇万円の三分の二(Aの擬制相続分)一三三万三三三三円及び被扶養権を有していたA本人分四〇〇万円の合計。

右ア、イ、ウの合計一二六三万五〇六四円に健康保険から給付を受けた二〇万円を加えた一二八三万五〇六四円の一〇パーセントに相当する一二八万三五〇〇円(一〇〇円未満四捨五入)を過失相殺し、一一三五万一五六四円を亡太郎の死亡によるAの損害額と認めた。

よつて、Aに対する損害てん補額は(1)(2)の合計額である一一三五万九三一四円である。

(五) 前記損害てん補額の決定にあたっては、損害積算項目としての葬儀費、逸失利益並びに本人及び遺族の慰藉料を合算しててん補額の総額を決定し、この総額を請求者各人に配分する際に、逸失利益と死亡本人の慰藉料については民法九〇〇条の法定相続分と同割合を配分の基準として用いているが、これは、内縁の配偶者について相続分を創設したものでないことはもとより、相続権の存在を前提とした考え方に基づくものではなく、損害てん補総額の配分の基準として単に法定相続分の割合を借用しているにすぎないものである。

前記のように、亡太郎には妻子がなく、内縁の配偶者Aがいた。Aは、身体障害者(先天性聾唖者)であり、農作業の手伝い(収入は小遣い銭程度)をしていたこともあつたが、全面的に亡太郎の扶養を受けていたもので、亡太郎とAとは、もつぱら亡太郎の収入により生活を営んでいたものであり、その生活状況や亡太郎の稼働能力が通常人より劣つていたこと等に照らすと、財産的な蓄積はなかつたものと認められるものであり、Aは、要扶養状態にあるものである。

したがつて、Aは、本件による亡太郎の死亡により扶養利益(扶養請求権)を喪失したものであり、本件事故の加害者に対し右扶養利益の侵害による損害賠償(ひき逃げ事故である本件においては政府に対し損害のてん補)を請求しうるものである。

そして、Aの得べかりし扶養利益は亡太郎の生活費とともに、亡太郎の得べかりし収入から賄われるべきものであるから、原告らが相続により取得しうる逸失利益は、亡太郎の収入から同人の生活費を控除して算出した亡太郎の逸失利益から、更に、Aの得べかりし扶養利益を控除した残額である。

そうすると、亡太郎の年齢、収入、同人らの生活状況に照らすと、亡太郎の生活費とAの得べかりし扶養利益とは、いずれも亡太郎の得べかりし収入の半分程度と認められ、右収入から生活費と扶養利益とを控除すると残額はなく、原告らが相続により取得しうる逸失利益は存しないこととなる。仮に、右逸失利益が存するとしても被告が原告らの逸失利益として決定したてん補額(三五パーセントの生活費を控除した後の逸失利益の三分の一)を超えるものではありえない。

政府の自動車損害賠償てん補基準及び自動車損害賠償責任保険支払い基準(以下「自賠責保険支払い基準」という。)においては、逸失利益の算出に当たり適用すべき新ホフマン係数等を規定しており、これによれば六二歳の男子の就労可能年数は七年、新ホフマン係数は五・八七四とされており、右各基準によつて大量の自賠責保険及び政府保障事業の業務が統一的に処理されていたものである。

したがつて、本件においても亡太郎の逸失利益を算出するに際して、右数値を適用するのが相当である。

(主張)

1 政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準及び同実施要領について

(一) 政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準は、自賠責保険の給付対象とならないひき逃げ事故の被害者または無保険車による被害者の救済を図る見地から、被害者の被つた損害を政府自らが加害者に代わつててん補する制度で、自賠法によつて創設された極めて社会保障的色彩の強い制度であるため、その運用にあつては適正、公正、迅速な取扱いが要求されるところである。

(二) そこで、運輸省自動車局では、損害の査定上の基本方針を明らかにすることを目的とした「政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準」(運輸省自動車局長通達)を定めるとともに、損害の査定上の細目的事項、てん補基準の解釈・運用基準等を規定した「政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準実施要領」(運輸省自動車局保障課長通達)を定めており、運輸省部内の機関及び職員並びに業務の一部を委託されている損害保険会社及び全国農業共済協同組合連合会は、この基準に従つて損害の査定等を行つている。

(三) 政府の自動車保障事業損害てん補基準及び同実施要領は、昭和三九年二月一日に「政府の自動車損害賠償保障事業査定基準」として実施され、その後、昭和四一年七月一日に改正され、「政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準」となり、昭和四二年八月一日、同年一一月一日及び昭和四五年一〇月一日に一部改正され運用されていたが、更に、昭和四八年一一月一日に前記損害査定基準は、「政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準」及び「政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準実施要領」に全面改正され、更に、昭和四八年一二月一日及び昭和五六年五月一日の一部改正を経て、現在に至っているものである。

2 自賠法七二条一項の請求権の性質及び同項による政府保障事業の決定の性質について

(一) 同条項の規定に基づく政府に対する被害者の請求権は、同法によつて創設された権利であり、本来の私法上の損害賠償請求権ではない。すなわち、右請求権は、ひき逃げ、無保険の車による被害者の救済を図るという見地から、当該損害につき何らの帰責原因もない政府に対して、損害てん補の請求権を行使することを認めたものであるから、通常の私法上の債権とはその発生の基礎を異にする公法上の債権と解されている。

(二) 同条項は、「政府は……その受けた損害をてん補する」と規定しており、同法によるてん補を受ける権利は直接に法律の規定によつて発生するものであり、請求者がこの権利を行使するには同法施行規則二七条一項及び二項に規定する書面をもつて、保障事業者である政府に対し直接請求することとされている。ちなみに、てん補額の決定は被害者の損害額を客観的に査定する行政庁の内部手続であつて、損害の実質は責任保険における損害額の査定と何ら異なるところがない。

(三) このような損害てん補請求権及び政府のてん補決定の性質は、この制度が社会保障的観点から設けられていることに由来するものであるから、請求権者についても同様の観点において、内縁の配偶者の実態に即した取扱いをすることが妥当である。

3 内縁の配偶者の損害賠償請求権の取扱いについて

(一) 内縁の配偶者の損害賠償請求権の取扱いについては、昭和四一年七月一日改正の「政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準」のⅢの(3)「死亡における慰謝料」の項が「慰謝料請求権者は、被害者の父母、配偶者(内縁を含む)および子(認知した子および胎児を含む)とし、慰藉料額は請求権者一名の場合一〇〇万円以上、二名の場合一五〇万円、三名以上の場合二〇〇万円とする。」旨の規定に改正され、内縁の配偶者の慰藉料請求権を認めることとしたもので、更に、昭和五四年二月一日の改正の「政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準実施要領」で、その第三の②「特殊事例の算出方法」の項に、「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻と同様の関係にある者については、民法上にいう配偶者に準じて取扱う。」旨の規定をそう入し、現在に至つているのである。

(二) 右取扱いをするに至つた理由は次のとおりである。

(1) 事実上の婚姻関係にある場合においては、内縁の配偶者といえども精神上の苦痛等内縁の配偶者の死亡により破る損害は、法律上の配偶者と何らかわるものではないこと。

(2) 判例上も、内縁の配偶者については、法律上の配偶者に準じて慰藉料請求権を認め、あるいは扶養請求権を認めることによりその救済を図る傾向にあること(東京地裁昭和四〇・五・二四判決、判例タイムズ一七八号一六〇ページ、東京地裁昭和四三・一二・一〇判決、判例時報五四四号三ページ、福岡地裁小倉支部昭和四三・一二・一八判決、判例時報五五二号七四ページ、横浜地裁昭和四七・一一・九判決、判例タイムズ二九八号四〇七ページ等)。

(3) 労働者災害補償保険法の遺族補償年金の受給権者(同法一六条の二)及び国家公務員共済組合法の被扶養者(同法二条一項二号)等社会保険における取扱いも法律上の配偶者に準じていること。

(4) 自賠責保険においては、保険会社は昭和三九年二月一日から「事実上婚姻と同様の関係にある者については民法上にいう配偶者に準じて取扱う」こととしていること。

(三) 以上の理由等から、政府の自動車損害賠償保障事業においても昭和五四年二月一日以降は、自賠責保険の取扱いに合わせることとし、内縁の配偶者については民法上の配偶者の損害と同額の損害があるものとして取扱うこととしたものである。

(四) 政府保障事業においては、前記通達に基づき、「死亡による損害」について、「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻と同様の関係にある者」に対して民法上にいう配偶者に準じて損害のてん補を行つているが、これは、判例上、内縁の配偶者について民法上の配偶者に準じて慰藉料請求権を認め、あるいは扶養請求権を認めることによりその救済が図られる傾向にあること及び社会保障においても同様の取扱いがなされていること等を勘案したものであり、不合理な取扱いとはいえない。

(五) 本件事案を実態に即して考察すると、Aと亡太郎が一八年間婚姻と同様の共同生活関係にあり、Aが亡太郎の扶養のもとに生活していたという事実からみて、まず、基本的に、Aに対して扶養請求権の侵害による損害賠償請求権を認めることが至当であり、法律上の配偶者と同様の慰藉料額が認められてしかるべきである(通達の定めにおいて遺族固有の慰藉料一本にする取扱いも可能であることが留意されるべきである。)。

なるほど、本人の逸失利益や慰藉料の配分につき民法九〇〇条の規定する割合を用いることは、右損害項目のみに着眼し損害の項目の意味を固定的あるいは絶対的概念としてみるときは相続の観を呈する。しかしながら、政府保障事業において重要なことは、自賠責保険による救済を受けられない被害者を社会保障的見地から救済するにつき、損害賠償請求権を有するこれら被害者本人遺族に実質的にいかに適正妥当な損害のてん補をはかるかという点である。そのために、てん補額配分の合理性を民法、社会法の規定や従来の裁判例にのつとつて確保しようというところから各通達にあるような定めがなされたものであつて、これらの定めは、特定の損害項目のみについて損害の性質論から出発し固定的形式的に観察するには適しないてん補額決定の裁量範囲内の問題としての視点に立つべきものであるから、通達により相続権を創設する等という作用は何ら有するものでないことはいうまでもない。

したがつて、損害額の積算基礎において原告らに被害者本人の慰藉料額及び逸失利益について各三分の一を配分したことの意味は、残余の三分の二が本人との共同生活者であり、被扶養者であるAに対する前記賠償額とみるべきものであつて、原告らと被相続人との関係においては本来被相続人(被害者本人)の損害を構成していなかつたものとみるべきものである。

右のような性質のものと解される損害積算の基準を定めた通達にしたがい政府保障事業を実施することは、社会保障的機能における実質的に適切な処理であり、権限の行使であって、民法等に抵触するものでないことはもとより、実定法上の考え方に照らしても極めて妥当であるというべきである。

4 なお、政府保障事業における査定基準に法的拘束力があるわけではなく、被害者が被つた具体的損害額と無関係に運輸大臣が裁量で損害額を定めるものでもない。具体的損害額を適正妥当に算定するための損害項目、金額等の基準の設定、損害てん補額の決定が裁量に委ねられているものであつて、本件においては、右裁量範囲内の処理が適正妥当であるということを主張しているのであつて、査定基準に法の定立と同視されるような法的拘束力を与えたと主張しているわけではない。

四抗弁に対する認否及び原告らの主張

(抗弁に対する認否)

1 抗弁1(過失相殺)の事実は争う。

2 同2(他の損害賠償請求権者の存在(亡太郎の内縁の妻Aの存在))の事実は否認する。

本件事故当時亡太郎は、Oのもとで住み込みの作業員として働いていたものである。Aは、たまたま同人宅に住み込みで働いていたものであつて、ともに同人宅の住み込みの雇人という関係にすぎず、亡太郎とAが内縁関係にあつたとの事実は存しない。

(主張)

1(一) 被告は、政府保障事業は自賠法七二条により創設された請求権であり、社会保障的性格を持つものであるから、損害額の算定は、運輸大臣の裁量に委ねられていると主張するもののようである。原告らは、政府保障事業が自賠法七二条により創設された請求権であることは否定しない。しかし、自賠法七二条の請求権は生活保護法等に基づく社会保障的請求権とは著しくその性格を異にするものである。

(二) 政府保障事業は、自賠責保険に付属して設けられた制度であるので、その性格を判断するために、まず自賠責保険の性格をみることとする。

自賠責保険は強制保険であつて、原則としてすべての自動車保有者が加入しなければならないものである。自賠法の理念からすれば、運行の用に供せられている自動車には、すべて自賠責保険が付されていることになる。そして、自賠責保険の運用も他の損害保険とは著しく異なる。すなわち、自賠責保険の運営は政府統制下にあり、損害保険会社(共済組合を含む。以下同じ)の自由な運営にはまかされていない。損害額の査定についても保険会社が独自に行うことはできない。国内二〇社についていえば、損害の査定を行つているのは、損害保険料率算定会の各調査事務所である。各損害保険会社には自動車保険の査定を行う部門があるが自賠責保険の損害査定を行うことはしない。しかも、その損害査定も自賠責保険のすべてについて運輸大臣及び大蔵大臣の認可をうけた自賠責保険損害査定要綱に基づいて行つており、各社が独自の査定を行うことはできない。

各損害保険会社が引き受けた保険は、法律上当然にその六〇パーセントが政府の再保険に付され(自賠法四〇条以下)、保険料もその六〇パーセントが再保険事業者である政府に帰属する。各損害保険会社がそれぞれの自賠責保険を引き受けるとはいつても会計的にみても、自賠責保険の実体は政府が行う保険といつても過言ではない。

なお、再保険にかからない四〇パーセントについても、国内損害保険会社二〇社についていえば、各損害保険会社が引き受けた保険を併せてこれらを損害保険会社の保険シェアによつて分担するのである。自賠責保険は損害保険会社独自の保険と会計上も明確に分けられ、勘定科目を別途に立て、たとえ利益が生じたとしても損害保険会社には帰属しない。

以上のとおり自賠責保険はいわば運用上も財政上も政府という保険者がすべての自動車を対象として保険事業を行つているのと何ら変わらないのである。

(三) 政府保障事業の対象となるのは、ひき逃げ事故、無保険車による事故等の場合である。

前述したとおり、自賠責保険は加入が強制され、自賠法上の理念からいえば、運行の用に供されている自動車には、すべての自賠責保険が付されていることになる。したがつて、ひき逃げ事故車には当然に自賠責保険が付されており、政府としては、本来なら保険金を支払うべき場合である。ひき逃げ事故という理由で保険金支払い義務を免れるとすれば、政府が利得を受けることになり、不当な結果となる。

また、無保険車の事故の場合であつても、本来自賠責保険は、全車が加入することを前提として、保険料率、賦課保険料が定められており、実質的にみれば、無保険者について事故後に保険料相当額を支払わせても何ら不当な結果とはならないはずである。政府保障事業は、右のような自賠責保険の実質をふまえたうえで設けられたもので、本来支払うべきものを支払うに過ぎない制度であつて、いわゆる恩恵的な請求権とは全く異なる。自賠責保険の賠償額と政府の保障額は同一の考え方にねざしている。それゆえに政府保障事業には、その支払い額の決定についての条文が設けられなかつたものであり、学説、裁判例も自賠法七二条一項の請求権は同条により当然に発生するものとし、運輸大臣の行為を前提とするとは解してはいないのである。

(四) 自賠法七二条一項の請求権が加害者に対する損害賠償請求権そのものではないとしても、政府に対して請求することのできる具体的金額は、加害者に対して請求しうる額と同一である。被告は、政府保障事業については、過失相殺を含めてそのてん補額の決定は、運輸大臣の裁量に委ねられているとするが、そのように解する具体的根拠は存しない。

自賠法七二条一項の文言上からも、運輸大臣の裁量の余地のないことは明白である。同条は「被害者の請求により政令の定める金額の限度において、その受けた損害をてん補する。」と規定する。その損害というのは、被害者の被つた具体的損害額のことであつて、運輸大臣の定める金額でないことは文言からも明らかである。

なお、ここで「政令の定める金額の限度において」とあるのは、自賠責保険の保険金額が変更された場合、均衡上それに応じて政府保障事業の保障額を変更するためのもので、他に意味はない。

(五) 自賠責保険の実務においては、自賠責保険査定基準の定めるところにしたがつて、損害賠償額の支払いがなされ、自賠責保険会社は査定基準を外れた請求には任意には応じない。したがつて、右の算定基準が被害者をも拘束するかのような観を呈しているが、それは、事実上のもので法的効力によるものではない。自賠責保険会社は裁判所の判決によつて、損害賠償額が確定したときは無条件で判決の額の支払いに応じており、運輸省も右査定基準が法的拘束力を持つものでないことを明確に認識しているのである。

自賠責保険の査定に用いられている右基準と政府保障事業に用いられている査定基準は同一である。実施要領も同一であると思われる。ただ、過失による減額の仕方、法律に規定のある他の法令による給付の扱いが異なるのみである。

このように内容が同一でありながら自賠責保険における査定基準は法的拘束力を有せず、政府保障事業による査定基準は運輸大臣の裁量にかかり、法的拘束力を有するとの主張は理解に苦しむ。

自賠法七二条には、政府は、被害者の請求によりその損害をてん補するとの文言があるのみで、政府が支払うべき具体的金額の定めはない。労働者災害補償保険においては労働者災害補償保険法上、相当数の条文でかなり具体的に政府の支払額を定めている。これに対して政府保障事業では政府の支払い額について具体的に定めた条文は存しない。自賠法七二条一項に政令で定める金額の限度においてという文言と自賠法七三条の他の給付との調整規定があるのみである。前者は、自賠責保険の保険金額に当たるものであつて、具体的支給額の定めでないことは前述のとおりであり、後者も重複てん補を避けるための調整規定に過ぎない。

自賠法に政府の具体的支給額の定めがないのは、加害者の負担すべき賠償額をそのまま支払うことが前提となつているのである。したがつて、政府が支払い額を裁量によつて決定するという規定のないことは当然なのであり、そのことを政府に委任する規定のないことも当然なのである。

政府が本件請求権について裁量によつて具体的支給額を決定しているのは、法律上の根拠なく、国民の権利を拘束するものであつて、憲法上も疑義があるものである。

(六) 被告の主張は、内縁の配偶者についても、法律上の配偶者と同等の損害のてん補を行うことは、裁量権の範囲として許容されるものであつて、この裁量に基づいて実施要領を改正し、民法上にいう配偶者に準じて取り扱うとしたものであるというのであろう。そして、その改正にあたつて考慮した事項として、a判例上、内縁の配偶者については、固有の慰藉料請求権を認めるだけでなく、扶養請求権を認めることにより、被害者本人の損害を実質的に帰属させてその救済を図る傾向にあつたこと。b労働者災害補償保険法の遺族補償年金の受給権者(同法一六条の二)及び国家公務員共済組合法の被扶養者(同法二条一項二号)等社会保険における取扱いも法律上の配偶者に準じていること。c自賠責保険においても、すでに、内縁の配偶者を民法上にいう配偶者に準じて取扱うこととしていることをあげている。

しかし、右の事由は、被告が法律によらず裁量によつて、内縁の配偶者を法律上の配偶者と同等に扱うことの理由とはならない。aの事由について、裁判例は、必ずしも扶養請求権の侵害による損害賠償請求権を認める傾向にあるとは言えない。まして、最高裁の判例も存しないのに、法律によらず、国民の権利関係に重大な影響をもたらす法適用の変更を、被告のほしいままに行うことは許されない。bの事由について、被告のあげる労働者災害補償保険法の遺族年金の受給権者に、また、国家公務員共済組合法の被扶養権者に内縁の配偶者も含まれ法律上の配偶者に準じていることは、被告主張のとおりであるが、これは、法律により規定されていることである。被告がこれらの法を自賠法においても内縁の配偶者を含めるための立法化の理由としてあげるのならまだしも、これらの法をもつて内縁の配偶者を法律上の配偶者に準じて取り扱う根拠とすることはできない。cの事由について、自賠責保険の査定基準も法律上の配偶者の指導のもとに作成されているものであつて、その実質は、被告が作成したものに変わりはない。したがつて、自らが指導して作成した自賠責保険の査定基準をもつて、その裁量にあたつて考慮したとするのは、何の意味もない。

(七) 政府保障事業と趣旨を同じくする制度に、犯罪被害者等給付金制度がある。この制度は、犯罪被害者等給付金支給法に基づき設けられたもので、人の生命または身体を害する罪に当たる行為によつて被害を受けた者に対し、国が犯罪被害者等給付金を支給するというものである。この法律においても、内縁の配偶者については同法五条一項一号に明確に定めてある。このような法律の扱いからみれば、自賠法において、内縁の配偶者について定めないことは、身分法の根本法である民法の原則に委ねる趣旨にほかならない。被告の主張をみても、当初内縁の配偶者については民法の原則にしたがつて、扱つていたことは明らかである。

被告は、これを他の法律の場合と異なり、法律によらず、裁量により次第にその内容を改変しているが、国民の権利義務にかかわることを軽々にそのように扱うことは許されない。そうであるから、犯罪被害者等給付金支給法だけでなく、労働者災害補償保険法、国家公務員共済組合法その他の法律でも、法律上の明文をもつて内縁の配偶者の取扱いを定めているのである。

(八) 自賠責保険は、実質的にみて、政府が主体となつてする賠償責任保険と言つてよく、政府保障事業もその延長線上にある制度であつて、自動車保有者の支払う賦課金をもとに運営される保険類似の制度である。したがつて、本件請求権も自賠法七二条に根拠を有するとはいえ、自賠責保険上の請求権とほぼ同質のものといつてよく、その本質は、私法的色彩の濃い債権である。

自賠法七二条の請求あるときは、政府が保険会社類似の立場で支払いをする。政府は、政令の定める金額の限定内で、加害者の負担すべき損害が右金額の範囲内であるときは、その損害の金額を、右金額を超えるときはその金額を限度として支払いをする。政令の定める金額は、常に自賠責保険の保険金額と同額に定められ、自賠責保険の保険金額を超えることも下回ることもない。常に自賠責保険の保険金額と同一になるように、その変更にともない政令の定める金額も変更されている。このことは政府保障事業が自賠責保険の延長線上の制度であることを示すものにほかならない。

(九) 本件請求権については、私法上の色彩の濃い請求権であるから時効期間も会計法上の五年ではなく自賠法七五条により二年とされている。これは、自賠法一六条一項及び一七条一項の規定による請求権(これは保険会社に対する請求権であるからもちろん私法上の請求権である。)と同じく二年としたものである。自賠責保険の二年という時効期間そのものが、商法六六三条の保険金請求権の短期消滅時効の二年に合わせたもので、このことからも本件請求権が私法的色彩の濃い債権であることが明らかである。

(一〇) 政府の加害者に対する求償権について定めた自賠法七六条一項は、賠償責任保険制度の趣旨からすれば、被告保険者に対する求償ということはありえないのであるが、政府保障事業が自賠責保険の類似の制度であるとはいつてもその保険料に相当する賦課金は、加害者以外のものが負担していることに鑑み設けられた規定である。加害者その他法律上の責任を負う者に対し求償しないことは、保険料負担者でない者が利益を受けることになり、実質上自賠責保険に加入しなくとも保険利益を受けられるものであるから、自賠責保険に加入する必要はないということになつて、自賠責保険制度そのものが崩壊しかねない。そのため、被害者の権利を代位取得し加害者その他法律上賠償責任を負う者に対してその責任を追及することとし、自賠責保険への加入を間接的に強制して自動車の保有者が自賠責保険への加入を怠らないようにするため自賠法七六条一項が規定されたのである。

2(一) 亡太郎とAが内縁関係にあつたとしても内縁の配偶者には相続権がないのであるから、民法九〇〇条の配偶者として相続分を擬制して相続を認めたのは誤りである。

相続権を認められるのは、被相続人と身分上法律上一定の関係にあるものに限られる。相続は家族法秩序の根幹にかかわるものであるので、たとえ夫婦同様の生活をしていたとしても、婚姻届を提出し、法律上の配偶者とならなければ、相続権は否定される。画一的処理を必要とする相続では、当然のことであり、何の手間もいらないのに婚姻届をしなかつた以上、相続権を否定されるのはやむをえないところである。これは、内縁の配偶者の社会的地位がある程度認知されつつある今日でも、判例、学説上異論のないところである。

被告は、自賠法上内縁の配偶者については民法九〇〇条の配偶者の相続分に相当する額を擬制して認定する取扱いをしているとするが、擬制とは法律上どのようなことをいうのか判然としない。

また、内縁の配偶者の精神上の苦痛に対する慰藉料請求権、扶養請求権の侵害による損害賠償請求権の問題と、内縁の配偶者に相続権を認めるか否かの問題は、全く観点の異なるものである。前者が認められるとしても後者が認められることになるというものではないのである。

よつて、被告がAに対してなした支払いは、何ら法律上の根拠がないものであるから、被告は、右支払いにより原告らの支払いを免れることはできない。

(二) 更に、扶養請求権の侵害による損害について内縁の配偶者が損害賠償請求権を有することはない。相続の開始によつて、被相続人の有する権利義務は、すべて相続人に包括的に移転する。すなわち、被相続人の死亡と同時に、その権利義務は、間隙をおくことなく、ただちに相続人に移転する。被相続人が事故により死亡した場合、被相続人は、加害者に対し、逸失利益及び慰藉料の損害賠償請求権を取得するが、右の請求権は、発生と同時に相続人に移転し、たとえ内縁の配偶者が存在したとしても右の請求権の一部たりとも取得する余地は存しない。被告は、Aについて相続人として民法上の地位を認めたものではないとするが、法律上の配偶者と同じく逸失利益、慰藉料の三分の二を当然に取得することが相続でないとするならば、これはどのような権利であるというのだろうか。被害者に内縁の配偶者がいたとしても、扶養される利益は、法の保護の対象となる利益ではなく、被害者が生存し、生活を同じくする限りにおいて受けられる反射的利益にすぎない。扶養利益の喪失をもつて、損害賠償を請求しうるものではない。

(三) 被告は、政府保障事業のてん補金については、遅延損害金は発生しないと主張するが、誤りである。

自賠法七二条の請求権が公法上の債権であるか、私法上の債権であるかは、争いがあるが、前述のように、私法上の債権であると解される。自賠法には遅延損害金の支払いについて定めた規定はないが、反対に遅延損害金の支払いを否定する規定もない。そうすると、民法の原則により年五分の割合による遅延損害金を付して支払うべきものである。そして、自賠法七二条の請求権は、期限の定めのない債権であるから、民法四一二条三項により、原告らが被告に対し請求した昭和五五年四月二二日から被告は遅滞に陥り、被告は、同日から遅延損害金を支払うべき義務を負うものである。

仮に、公法上の請求権であるとしても、本件は、被告が原告らに対する支払い額の認定を誤り、適切な損害のてん補をしなかつた事案である。適切な損害のてん補がなされていれば、原告らは支払いを受けるべきであつた金額を運用するなどして相当な利益をあげ得たはずである。被告が適切な損害のてん補をしなかつた責めは被告が負担すべきものであつて、原告らが負うべきものではない。もし、本件の場合も被告が遅延損害金の支払いを免れるとしたならば、被告が判断を誤つたことによる不利益を原告らに負わせることになり、信義則に反する。

したがつて、被告は、原告から自賠法七二条の請求があり、その損害額を認定するに相当な期間を経過した後(自賠法七二条の請求権が具体化したと認められる後)は、信義則上遅延損害金を支払うべき義務を負うと解すべきである。

原告らは、昭和五五年四月二二日被告に対し、自賠法七二条の請求をなした。右認定をするのに相当な期間は、七日を超えることはないから、被告は、少なくとも右期間経過後である昭和五五年四月三〇日から遅延損害金を支払うべき義務を負う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の各事実は当事者間に争いがない。

二ところで、自賠法三条は、自動車保有者の損害賠償責任を定め、同法五条は、右保有者に対し原則として自賠責保険契約を締結することを義務づけるとともに、同法五章において政府をして保障事業を行わせることとしているが、このことは、同法一条の目的及び同法五章の規定の趣旨を総合勘案すると、交通事故の被害者をおしなべて救済するという社会的要請に基づき自賠責保険を中核とする保険制度を設けるとともに、自動車の保有者が明らかでないため保有者に対し責任を追及することができないとき、あるいは自動車の保有者が明らかであつても保有者が自賠責保険契約を締結していないか、または締結していても事故につき被保険者となりえないときのような特殊な場合には、自賠責保険制度によつては被害者を救済することができなくなるので、等しく交通事故の被害者でありながら自賠責保険によつては全く救済を受けることができない者が生じるのは適当でないとして、社会保障政策上の見地から、とりあえず政府において被害者に対し損害賠償義務者に代わり同法施行令二〇条に定める限度内でてん補することによつて、右のような特殊の場合の被害者をも救済するためであるというべきである。そして、政府が行う保障事業の制度目的が右のとおりであることを勘案すると、政府の保障事業による救済は、他の手段によつては受けることができない交通事故の被害者に対し最終的に最低限度の生活を保障する趣旨のものであると解するのが相当であるから、交通事故により生命を害されるに至つた者がある場合において、死者と婚姻の届出をしていないが死者との関係において互いに協力して社会通念上夫婦として共同生活を営んでいた者(以下「内縁の配偶者」という。)があるときは、右内縁の配偶者は、死者の父母、子らとともに自賠法七二条一項にいう被害者として、政府の保障事業に対し、保障金を請求することができるものと解するのが相当である。

三そこで、以上の見地に立って、原告らの損害について判断することとする。

1亡太郎の逸失利益二〇三万八八四九円

(一)  亡太郎が死亡当時満六二歳であつたこと、死亡前一年間の収入は二八〇万円であつたことは当事者間に争いがない。亡太郎は、後記認定のように、内縁の配偶者Aと同居し、同人を扶養していたのであるから、その収入額その他の事情を考慮すると生活費控除率は五〇パーセントとするのが相当である。また、同人の就労可能年数は平均余命の二分の一とするのが相当であり、厚生省発表の昭和五三年の簡易生命表によれば、男子六二歳の平均余命は一六・六一年であるから、同人の就労可能年数は八年となる。そして、右八年に対応するライプニッツ係数は六・四四六三二であるから、亡太郎の逸失利益は、一応、次のとおり九〇四万八四八〇円と算定することができる。

(計算式)

二八〇万円×(一−〇・五)×六・四六三二=九〇四万八四八〇円

(二)  ところで、Aは、後記認定のように、亡太郎と同居し、事実上の婚姻関係(内縁関係)にあり、同女は、法律上婚姻関係にある場合と同様に、亡太郎に対し、同居及び協力扶助並びにいわゆる内縁の生活から生じる費用の分担を期待しえたのであるから、同女のような相続人の範囲に属しない被扶養者が存在する場合には、亡太郎の財産的損害については、被扶養者の得べかりし将来の扶養利益の額を控除した残額が、相続財産たる逸失利益になると解すべきである。そして、将来の扶養利益喪失額を算出するについては、死亡当時における現実の扶養の実態をその基礎とすべきである。

本件において、前記亡太郎の逸失利益のうちAの扶養のための費用は、亡太郎の収入額、亡太郎の余命、Aの年齢その他諸般の事情によれば、亡太郎の生活費控除前の逸失利益の二分の一を下らないものと認めるのが相当であるから、前記逸失利益はすべてAの扶養のための費用、すなわち同女の将来の扶養利益喪失額であることとなり、原告らに帰属する逸失利益は右の差引計算上存在しないこととなる。もっとも、本件において、被告は、内縁の配偶者Aの扶養請求権相当額ないし擬制相続分として七〇〇万九六三一円がある旨主張しており、これは、前記認定の亡太郎の逸失利益の額より少額であって、これを控除すると逸失利益の残額として二〇三万八八四九円が生じることになるから、ここでは、亡太郎の逸失利益の額を二〇三万八八四九円と認定するのが相当である。

2亡太郎の慰籍料 二〇〇万円

亡太郎は、本件事故の結果死亡したもので、本件訴訟に顕われた諸般の事情を斟酌すると、亡太郎の精神的苦痛を慰藉するための慰藉料は右金額が相当である。

3相続

原告らは、亡太郎の妹で相続人であることは当事者間に争いがないから、亡太郎の右1、2の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続したものである。

4原告ら固有の慰藉料

<証拠>を総合し、前記当事者間に争いない事実に鑑みると、亡太郎には妻子がなく、Aは、Kと婚姻の届出をして長男をもうけたが、昭和三六年四月一九日夫Kの死亡により婚姻関係は終了し、その後、亡太郎とAは、昭和三六年一一月ころ、Y、Sの媒酌により、Aの家主であるO宅において結婚式を挙げたうえ、Aの借家に同居し、生活を営み、亡太郎が本件事故により死亡するまでの約一八年間、同人らは、婚姻の届出をしていないだけで、世間的にも事実上の婚姻関係にあり、亡太郎は、株式会社○○建設に作業員として勤務し、年額二八〇万円の収入があつたため、亡太郎ら夫婦の生計は専ら亡太郎の収入によって維持され、また、Aは、本件事故の亡太郎の治療費及び葬儀に要した費用を負担しており、厚生年金についても亡太郎の遺族として年金の給付を受けているが、一方、原告らは、その間、亡太郎とほぼ音信不通の関係にあり、亡太郎がAと結婚して同居生活を送っていることなどは全く知らなかつたものであるとの事実が認められ、<証拠>中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。

右事実に徴すると、原告らは、いずれも亡太郎の妹であるが、右のように、亡太郎には内縁の配偶者Aがおり、原告らと亡太郎との交際状況は疎遠であつたのであるから、原告らと亡太郎の年齢その他本件訴訟に顕われた諸般の事情を考慮すると、原告らに亡太郎の死亡についての固有の慰藉料を認めることはできないものというべきである。

5文書料一三〇〇円

原告らが右金額を支出したことは当事者間に争いがないから、原告らはこれを同額ずつ負担したものと認められる。

6葬儀費 〇円

<証拠>によれば、亡太郎の葬儀は、内縁の配偶者Aが喪主となつて家主のOの援助のもとに執り行つたものであり、これに要した費用四九万二一〇〇円については、内縁の配偶者Aにおいて支出したことが認められ、<証拠>中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。そうすると、原告らが負担したあるいは負担すべき葬儀費用はこれを認めるに足りないものといわなければならない。

7過失相殺

<証拠>によれば、本件事故は、亡太郎が飲酒の上、夜間、歩車道の区別のない幅員七・五メートルら五・六メートルの県道のほぼ中央付近を自転車を押しながら歩いていたところ、対面から進行してきた加害車に衝突され、その傷害により死亡したものであることが認められ、右認定の事実に反する証拠はない。右事実に徴すると、亡太郎にも過失があつたことは明らかであり、その過失割合は一〇パーセントと認められる。そうすると、前記損害合計額(各原告につき二〇二万〇〇七四円)から過失割合に応じて一〇パーセントを滅額すると、原告らの損害額は各一八一万八〇六六円(円未満切捨て)となる。

四ところで、原告らが、被告から、あわせて三七五万五五八三円の支払を受け、各人が等分して(各一八七万七七九一・五円)自己の債権に充当したことは当事者間に争いがない。そうすると、原告らの損害は、既に全額てん補ずみということになるから、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないこととなる。

五以上のとおり、原告らの本訴請求は、すべて理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官福岡右武 裁判官宮川博史)

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